
パーキンソン病の外科的治療の試みは,最近始まったことではありません.故 楢林博太郎先生が確立された定位脳手術は50年以上の歴史があります.パーキンソン病の特効薬であるL-ドーパの登場により,定位脳手術は一時期激減したましたが,最近の脳深部刺激療法(deep brain stimulation療法: 以下DBS療法)の進歩により定位脳手術を始めた脳神経外科施設が増えています.2000年4月よりDBS療法が保険適応になったことも大きな要因と思われます.それまでは脳深部の標的部位に電気的な温熱を加えて凝固破壊する方法が主として行われていました.当施設では74℃で60秒間の高周波温熱凝固を行うことで,直径4〜5mmの破壊を行っていました.この方法では,電極位置が悪いと麻痺などを生ずる危険があり,そのような合併症はまれではありますが起こると不可逆的です.そのためにDBS療法を採用する施設が増えているのです.これまで薬物治療が絶対とされたなかに,安全で有効なDBS療法が治療の選択肢の一つとなったことは,パーキンソン病の患者さんたちには大きな福音となっています.この治療法もほかの医療技術の進歩と同様に,コンピュータ技術の進歩による成果であるということができます.
パーキンソン病と診断された患者さんをいきなり手術で治そうとすることはありません.十分な薬物治療がまず試みられるべきです.手術目的に入院されても,薬物治療が不十分と考えられた患者さんには,わたしたちはドパミンアゴニストなどを追加して,著効例には手術を延期したりしています.しかし,十分な薬物治療が必要といっても,ただいたずらに外科治療を先送りすることはありません.薬物治療が完全に無効になってから脳外科に紹介するという神経内科医もいらっしゃるようですが,そのような状態の患者さんの外科治療はもはや手遅れです.わたしたちの経験では,多少ともまだ薬が有効であり,良い状態のときもあるが,薬の有効性が持続しなくなったときが外科治療をおこなう最も良い時期と考えています.したがって,オフの状態(薬の切れた状態)がヤールのステージ4か5で,オンの状態(薬の効いている状態)でもヤールのステージ3(日常生活が困難になってきた状態)あるいは4(介助やケアを要する状態)の患者さんたちが外科治療の適応となります.常に寝たきりの状態(ステージ5)になってからでは外科治療もほとんど無効です.逆にパーキンソン病の重症度は軽くても振戦(ふるえ)がひどく目立つ患者さんもいらっしゃいます.そのような場合は,外科治療で振戦が止まれば日常生活の改善が著しいことからヤールのステージにかかわらず手術適応があるとされています.現実的に,振戦に有効な薬物が乏しいということも手術適応の根拠としてあげられています.
年齢的な適応はどうでしょうか.若年発症の患者さんはジスキネジアを発症しやすいため,強いジスキネジアがあれば早い時期に淡蒼球内節手術の適応となります.高齢の場合は何歳まで手術が可能でしょうか.わたしたちの経験での最高齢は76歳ですがそれ以上でも,DBS療法は安全性が高いので,痴呆がなく脳の萎縮がひどくなければ,身体的評価をした上でDBS療法を行っても良いと考えています.
外科治療の目的は,運動症状を改善することです.そのためにパーキンソン病患者さんの脳の特定の核を温熱凝固破壊する,あるいは同じ場所に刺激電極を留置して慢性的に電気刺激すること(DBS)により凝固破壊と同じような効果を出すのが外科治療の方法です.温熱凝固破壊法とDBSの効果はほぼ同等と考えられていますが,それぞれ利点と欠点があります.安全性はDBSの方が高いですが,DBS療法では,定位脳手術のほかにパルスジェネレータ(刺激装置)を埋め込む手術が必要であり,手術が2回になることとコストが非常に高いことが問題です.また,若年発症の患者に対してDBS療法を選択すると,電池切れのためにほぼ3〜5年ごとにパルスジェネレータの交換が必要になります.温熱凝固破壊法でも長期にわたって有効なことがあります.どちらの方法を選択するかは,患者さんと十分な相談をして決めています.
パーキンソン病のそれぞれの症状によって,視床(腹中間核),淡蒼球内節あるいは視床下核をターゲットとして選択します.温熱凝固破壊術でもDBS療法でもターゲットとしては変わりませんが,視床下核に対してはもっぱらDBSが行われます.症状と選択すべきターゲットの関係は後で述べます.
DBS療法を例にして手術手順について説明します.
外科治療の効果は,選択するターゲットによって異なります.パーキンソン病の多彩な症状に対してそれぞれ最適なターゲットがあります.表1にそれぞれの症状に対して選択されるターゲットを示しました.DBSの電極の位置と刺激条件が良ければ,刺激を入れた瞬間に振戦が止まります.あるいは筋固縮が軽くなるのが観察されるはずです. パーキンソン病の症状は初期以外では両側性です.温熱凝固術を両側で行うと,視床では知的障害がでることがあり,淡蒼球では会話や飲み込みの障害などの合併症の危険が高いために片側の手術しかできませんでした.しかしDBS療法は安全性が高いので,両側を同じ日に手術することが可能です.わたしたちの施設では,進行例に対して最近両側同時の手術を行うようにしています.片側ずつ行うより明らかに効果が大きく,患者さんには負担が少ないと感じています.以前は視床下核をターゲットにして手術をしていましたが,1例で刺激を少し強めると暴力的となり精神症状の治療に苦労した経験から,最近は両側淡蒼球内節のDBS療法を行うことが多くなっています.この療法では症状の日内変動や歩行障害,ジスキネジアに対して大きな効果を上げ,オンのステージは変わらないが,オフのステージが1段階下がり,減薬にも成功している例が多くなっています.両側淡蒼球内節DBS療法による車いすからの離脱を手術目標に掲げています.前述の患者さんに対しても,標的を視床下核から淡蒼球内節に変更したところ,暴力的な症状が消失し,全般的な症状の改善が得られ,歩行が改善しました.
パーキンソン病のDBS療法は温熱凝固破壊術に比べて安全性が高く,両側の治療がやりやすいため急激な勢いで普及しつつあります.しかし,手術の方法やターゲットの選択は施設によって多少異なっています.当院でのパーキンソン病の外科治療経験は150例を超えていますが,施設により手術の経験症例数のばらつきもあるので,手術適応について神経内科医や脳神経外科医と十分な相談をおこなうべきであると考えています. ふるえ以外の運動症状に対するターゲットとして,淡蒼球内節がよいか視床下核がよいかという問題に対する結論はまだ出ていません.当施設では,淡蒼球内節DBS療法を主としていますが,国内のみならず欧米では視床下核DBS療法が主流です.文献的には,視床下核の効果が高いか同等との報告がありますが,視床下核のDBSで不機嫌になったり,起こりっぽくなることも報告されて,淡蒼球内節DBS療法の良さも見直されつつああります.大規模で無作為な比較研究が必要であると考えられますが,実現していません.近い将来にどちらがよいか結論が出ると思われます.
もう一つの問題は,DBS療法の長期的効果に関する疑問です.DBS療法が始まってから間がないため,長期的成績に関する評価が乏しいのが現状です.しかし刺激を調節することにより温熱凝固術よりは長期的に有効であることは疑いがないと思われます.パーキンソン病の進行に対してどこまでDBS療法が有効かどうかはいまのところ不明です.
DBS療法ではパーキンソン病の進行をくい止めることができないことも事実です.外科治療の新しい試みとして細胞移植療法が確立されるかも知れません.遺伝子治療の確立にも期待したいところです.そうなった場合,DBS療法がいらなくなるかも知れませんし,あるいは,将来全く新しい外科治療が主流となるかも知れません.パーキンソン病の治療は進歩し続けています.いつかパーキンソン病が完治する時代が来るという希望を持ち続けていただきたいと思います.
| 症 状 | ターゲット |
|---|---|
| 振戦(ふるえ) | 視床(腹中間核),視床下核 |
| 筋固縮,ウエアリング・オフ(日内変動) | 淡蒼球内節,視床下核 |
| すくみ足,歩行障害 | 淡蒼球内節,視床下核 |
| ジスキネジア,ジストニア | 淡蒼球内節 |